恐れずに未知の道へ進もう

先日Suchmosのライブに行ってきました。彼らがずっと言い続けていたマイルストーンとしてのハマスタでのライブ。
とても感じることの多いライブで、最高でした。詳細はこちら

日刊スポーツの写真を引用(https://www.nikkansports.com/entertainment/photonews/photonews_nsInc_201909080000994-0.html)

今年の夏は、サマソニにも行ってきました。レッチリをどうしても見たくて、良いチケット取って行ってきました。最高のパフォーマンスと、レッチリの生き様を見たライブでした。

アーティストってやっぱりかっこいい。何がかっこいいのか。アトラエの説明会ではよくサザンオールスターズを例に出してアトラエが目指す働くの定義やチーム・組織が語られていますが、個人的には好きなことをやっているという文脈以上に、自分達が見たい世界を創る姿勢がかっこいい。
例え売れる曲が歌えても、それが自分達の見たい世界とずれるならやらない。

Suchmosにしてもレッチリにしても、彼らが音楽をやっていなければ僕たちは人生で同じ曲や熱狂を味わうことはできず、目にも見えない音楽というものが多くの人を集め、心を動かしているのを見て、いつの時代も世の中に向けて自分たちはこうだ!と発信するアーティストはすごいと感動しました。

こういったアーティストの影響もあるのか、ここ数年日々活動をする中で、僕は「未知の道を模索すること」を非常に意識しています。
ここでいう未知の道というのは、誰も知らない・挑戦していないことです。

例えば僕がアトラエに入った背景には、

どれだけ大きな組織になっても、社員ひとりひとりがオーナーシップを持ち、自分の会社だ。と胸を張ってイキイキと働く組織を作ってみたい。そういう組織が世の中を魅了する事例を作りたい。

という思いがありました。多くの企業の歴史を見ていくと、基本的には規模が大きくなるにつれて細分化と管理体制が強くなり、100人のときにあったはずの文化が、10,000人の組織になると薄れていきます。これが普通です。ということは、アトラエの組織づくりは普通じゃない方向に進まない限り、既存のこの流れに逆らうことはできません。

やはり既知であり、セオリーであることに流れる方が意思決定としては楽です。ロジックも通っているし、事例もある。
だけど、それでは結局今までと同じ方向にしか流れず結末は変わらないので挑戦する意味がない、と思ってしまいます。

僕が作っているwevoxでも、世の中に we are the team! と胸を張って言える組織やチームを増やしたいをビジョンに掲げていますが、本気でそういった社会を創るには、過去行われてきたアプローチではうまく行かないと考えてます。何故ならすでに自分よりすごい人が何十年もかけてトライしているのに、そういった社会になっていないから。

このような形で、なにかの物事を考えるときに、

・自分たちの理想と同じ方向にすすめているか?
・すでに多くの人がその方法でトライしていないか?
・トライしているのであれば、自分たちはその人達と異なる方法なのか?

を自分に問いかけます。そして未知の道が見えてくると、なぜその道はだれも進まないのか?何が障壁なのか? を考えます。

例えば、先程掲げた僕の理想の組織像。色々なことを経験すればするほど、無謀なことを言っていることがわかります。短期的な成果や成長を考えればこっちに舵を切った方がいいのか・・・?と既知のセオリーや事例が誘惑してきます。この組織を創る上での最大の障壁は、短期的な成果・成長・欲望に負けないか です。例え僕が変なことを言っても止めてくれる仲間がいるアトラエだからこそ、そういった意見を誰もがフラットに言える環境だからこそ、挑戦できるんだろうなと理解しています。逆にその文化がなくなれば、僕たちはこの道を進み続けることは出来ないのだろうなと考えてます。

そうやって日々考えながら、未知の道を歩んでいるつもりですが、もちろん誰も進んだことのない道ですので、凸凹しています。
めちゃくちゃ足も疲れるし、体力もいる。キレイに補正された道の方が歩きやすい。たまに大怪我もします。笑

それでも、大きな理想を掲げている以上、未知の道を切り開きたい。アーティストのように、自分たちが見たい景色を観るために諦めず努力をし続けたい。すでに誰かが切り開いた既知の道で登るのではなく、自分達が理想だと思える道を切り開きたいなと思う今日このごろです。

あなたは未知の道を進んでいるでしょうか?それとも誰かが切り開いた既知の道を進んでいるでしょうか?
あなたの掲げる夢や理想はその道の先にありますか?