こんにちは!今日は、2019年04月にアトラエにジョインした「中村 友也」についてご紹介いたします。
中村は、一度新卒でアトラエに入社し、転職。その後、副業・フリーランス・起業などありとあらゆる働き方を経験しアトラエにカムバックした貴重なメンバーです。大学卒業後、「ビジョンに強く共感する会社で働きたい」との想いでアトラエに参画した中村。
そんな彼に、転職した理由や数年後にアトラエに戻ってきた経緯を中心に話を聞いてみました。
■中村 友也プロフィール
2009年早稲田大学卒業。埼玉県出身。
新卒でアトラエに入社し、主にGreenの営業チームにて貢献。その後スマートエデュケーションにて未就学児向けアプリ関連事業に従事。起業を経てアトラエメンバーからの熱烈オファーを受けアトラエに復帰。「We Are The Team.」と言える組織を増やすため、日々奔走中。
就活時代はとことんミーハー
中村のアトラエとの出会いは、就活時代に遡る。
就活初期の中村は、外資のコンサルティングファームやマーケティング職など、所謂ミーハーな学生としての就活を行っていたという。だが、その頃大学で「ベンチャー企業の創出」という講義があり、そこでの出会いが中村の価値観を大きく変えることになる。
マクロミル創業者の杉本哲哉氏や玉塚元一氏(デジタルハーツホールディングス代表取締役社長CEO。リヴァンプ元顧問、ローソン顧問)と出会い、ベンチャー企業の魅力に惹かれた中村は、
「ベンチャー企業の社長100人会う」
「各業界のリーディングカンパニーに行く」
という2つを就活の軸に定め再出発した。
まず最初に、OGOBを含むあらゆる知り合いのツテを使ってアポを取った。その他にも会いたいと思った社長が登壇するイベントに片っ端から参加し真っ先に名刺交換、そして名刺に書いてあるアドレスに直接メールを送ってみたりもした。メールには、不器用ながらも自分の想いを精一杯詰め込んだ。
それが功を奏したのか、ほとんどの経営者が時間を作ってくれたという。考えるよりまずは行動。
結果、100人以上の経営者と会うことができた。この経験で学べたことは、たとえ24時間あっても語り尽くせないという。今の中村の打たれ強さや、圧倒的な行動力の根源はここにあるのかも知れない。
そんな活動を続ける中で、中村の就職活動の軸は3つに絞られた。
「従業員数規模が50人以下であること」
「テレアポだけではなく、”営業活動”がすぐに出来る環境であること」
「結果次第では、新規事業やマネジメントを任せてくれる環境であること(適切な権限委譲があること)」
シンプルに格好いいと思った
その後の就活の中で、アトラエに出会った。当時のアトラエのビジョンは「人と組織を元気にする」。中村が好む「外」に向いたタイプのビションだった。(※現在はGreenのビジョン)そして代表の新居にも同性ながらも、まんまと魅了された。理想の組織を追求し続ける姿や、人情に熱く周りの人間を大切にする姿に惹かれたのだ。
月並みな表現ではあるがシンプルに「格好いい」と思った。
すぐに選考を受け内定をもらった中村。もちろんその場で承諾した。
内定承諾の翌日に、新卒採用イベントに企業側の一員として参加できたのは良い思い出だという。
入社後は、Greenの営業担当としてがむしゃらに働いた中村。入社後のギャップは特になかったという。
入社から3年ほどたち、営業としても成果が出せるようになり、チームへの貢献にも自信が持てた。
その頃の中村は「今よりさらに業績を上げるために他のことにも挑戦したい」と強く思うようになっていた。
今となれば理解できることばかり・・
中村に転機が訪れたのは27才の頃。
端的に言えば、Greenだけでなく新規事業にも挑戦したかったのだ。
もちろん社長とは何度も膝を突き合わせて話をした。自分の想いは精一杯伝えていたつもりだ。
だが社長からは、期待した答えがもらえることはなかった。
今振り返ると、社長の考えはもちろん理解できる。
その当時のアトラエは、業績が不安定な時期だった。そんな中、主力事業であるGreenで安定的な売上を生み出しているメンバーを別プロジェクトにアサインすることは難しかったのだろう。
しかし、27歳の中村にはその経営判断が、どうしても理解できなかった。
ほぼ時を同じくして、アトラエのビジョンが変更された。
新ビジョンは「誇りをもてる組織へ」
当時の中村には、新ビジョンが、どうしても社内向きに思えて仕方なかった。
営業や採用活動を通して、会社の外側に向いたビジョンに、強く共感するようになっていた中村。
こちらも今思えば、新しいビジョンへ込められた想いやその価値が会社の外側へ向いていることは理解できる。
だが当時の中村には響かなかった。
自分には「アトラエ以外の道」もあるのではないかと感じ始めたのだ。
中村の頭に「転職」という二文字が浮かんでは消え、消えては浮かぶ日々が過ぎた。
それから月日は流れ、正式にアトラエを去る事を決めた中村。
自分で起業するか、メガベンチャーに行くか、はたまた創業したての極小ベンチャーに行くべきかひたすら考えていた。
結局は、もともと関心が深かった教育関連の事業を扱う会社へ転職した。
転職後も適度な距離
転職後は、副業やフリーランス、そして起業もした。自分の考えうる全ての働き方に挑戦してきた。
どれも中村にとっては熱狂できたし、貴重な体験となった。詳しくはこちら→「俺か俺以外か(note)」
気づけばアトラエを去ってから7年の月日が流れていた。行動力だけは誰にも負けなかった20代から、冷静さや企画力も持ち合わせる立派なビジネスパーソンへと成長した30代。公私ともに充実した日々を送っていた。
そんな中村が、これまでの人生で「社長」と呼ぶ人物はたった一人。
転職先の社長でも得意先の社長でもない。
もちろん就職活動中にお世話になった名だたる大企業の社長でもない。
新居 佳英 ただ一人。
人生でたった一人の「社長」である新居には、定期的に食事や飲みの席に誘ってもらっていた。そんな中で、新居本人やアトラエ初期メンバーから「戻ってこないか」との打診を受けたのは2018年秋頃だった。
yentaのマネタイズが始まる頃だったと記憶している。
だがその当時は、まだまだやりたいことも多くその誘いを断った。
その年の年末に、再度誘いを受けた。今度は、wevox拡大に力を貸してほしいとのことだった。
中村には働く上で大切にしていることが3つある。
1.心から共感できるビジョンかどうか?
2.自らメシを誘いたい仲間かどうか?
3.自分事の課題を解決する仕事かどうか?
そして、結果としてしっかりと稼げるかどうかだ。
▼詳しくはこちらの記事
「自分にとってのエンゲージメントは何か?」
今のアトラエにはその全てがあった。
「理想の組織を創ってみたい」その思いから、中村はもう一度アトラエにジョインする事を決めた。
入社してみて思う事
アトラエには2019年4月から正式復帰した。
今のアトラエメンバーと働いてみて1ヶ月たち日々感じていることがある。
それは、全員が「理想の組織を創る」と本気で思っているということ。
入社前とのギャップは今回も一切ない。8年前、中村が魅了された新居と、その仲間たちが今もここにいる。
今後は、自分に関わる人たちが働きがいを持って楽しく働けるように努力し続けたいといきいきと語る中村。
「理想の組織を創りたいですか?」
「エンゲージメント高く働きたいですか?」
この質問にどちらも「Yes!」の方は是非オフィスに遊びにきてほしい。
アトラエでは、熱意溢れるメンバーを絶賛募集中ですっ!!
少しでもアトラエに興味を持っていただけたらいつでもご連絡ください〜!!
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