“信頼” ってなんだろう

こんにちは、エンジニアの青野です。

最近、チームでのとある議論の中で “信頼関係” というキーワードが出てきました。

大前提、チームで大きなコトを成し遂げていく上でチームメイト間の信頼関係が大切なのは、言うまでもないと思います。が、自分はわりとふんわりした定義/イメージでこのワードを使っている気もするな?と感じ、少し整理したくなりました。

ということで、どういう状態が信頼といえそうなのか、頭の整理がてら書いてみようと思います (整理といいつつ、結局まとまらないオチを予想しながら書きます)
※不足している部分や間違っている部分もあるかと思いますが、あくまで個人の意見ですのでお許しください

とりあえず、オンラインの国語辞書で意味を調べてみました。

信頼関係
→ 相互に相手のことを信頼し合っている関係、信頼することができるような関係、などという意味の表現。

信頼
→ [名](スル)信じて頼りにすること。頼りになると信じること。また、その気持ち。「—できる人物」「両親の—にこたえる」「医学を—する」

出典 : Weblio国語辞書

チームという文脈だと、信頼は文字通り「チームメイトを信じて頼りにする、頼りになると信じる」ということになります。信頼関係はその状態が相互にできている、つまり「お互いに信じあって頼りにし合っている」ということになりそうです。うーん、それはそうなんだけど、あんまり解像度が上がった気がしないな…


辞書だけだと分かったような分からないような気になるし、学術的な方面に足を踏み入れると沼ってしまっていつまでも書き終わらなそうなのでw、とりあえず自分が思いつくままを挙げてみることにします。

(相手に対する) 信頼、と聞いてぱっと思いつく状態は以下のようなイメージです。特に網羅性はありません。

  • 「悪い人じゃない」と思えている
  • 能力やスキルに対して期待している
  • 何をしても/言っても大丈夫だろうと思えている
  • リーダーシップとフォロワーシップを持ちあっている
  • 切磋琢磨しあえる間柄である

他にもありそうですが、それぞれについて見ていきます。

「悪い人じゃない」と思えている

そもそも論というか、信頼の手前にある前提みたいな話かもしれません。例えば「この人は嘘をついているのではないか」「あの人は足を引っ張ろうとしているのではないか」みたいな疑念がチームメイトに対してある状態は、信頼とは言えなそうです。

この文脈であれば、自分は周囲のメンバーを全員信頼できていると思います。(なんというか「アトラエで働く人は前提人間として気持ちのいい人である」みたいな思考が強いので、深く考えず無条件に思っているフシもあります)

※ただ、信頼関係は相手からも同様に思われて初めて成立すると考えているので、この段階で既に違っていたらまずいな…と書いていて焦りました (アカン

能力やスキルに対して期待している

この人がやるなら大丈夫だろう!!、的なやつです。

例えば何かの業務を題材にすると、「Aができると既に認識されている人がAをやる → 当然上手くやってくれるだろう」ももちろんありますし、「今までやったことのないBをやる → 必要なリソースを駆使して前に進めようとしてくれそう」みたいなのもあります。段階がいくつかある感じでしょうか。社会人の基本とされる “ホウレンソウ” などは、このレイヤーの貯金を作るための行動に入りそう。

ただし、感情で信じるというよりは、客観的な実績やファクトを重視して生まれた認識である気もします。正確な定義を調べず書きますが、信頼というより “信用” と表現した方がいいのかもしれません。

このようにそもそも “信頼” なのか?という疑問もありますが、これに関して周囲のメンバー全員に持てているかと言われるとまだ違うかなという感じです。おそらく逆 (自分に対して) も然り。ただ、ここは自分で実績積み上げていくしかないところだと思います。

何をしても/言っても大丈夫だなと思えている

これをしたら相手にどう思われるか分からないしやめておこう…みたいな躊躇や遠慮をすることなく、自分の思考を伝えたり弱みを見せたりできる。相手の良くないと思った部分をフィードバックできる。などの状態でしょうか。いわゆる心理的安全性というやつに近いのかな?

※ややずれるかもしれないですが、いざという時 (例えば、仕事やプライベートで困ったタイミング) に助けを求められるか?というのもここに入りそうですね。

ちなみに自分はできていないと感じることがちょくちょくあります。感じることすらなく、無意識にやってしまっていることも多いかも。「バカ/ダサいと思われたくない病」「正しいこと・良いことを言わなきゃいけない病 (プレッシャー)」「嫌われたくない病」… 今思いついただけでもいっぱい出てきましたが、チームで本気でチャレンジをしていく上でこの病気たちに打ち勝たないといけなそうです。

( ※何をしても/言ってもいいとはいえ、伝え方に配慮は必要。あと、ライン引きを変な方向で間違えると”◯◯ハラスメント”になりますね )

リーダーシップとフォロワーシップを持ちあっている

どちらの要素 (視点) も持ち合わせた関係性がある時、そこに信頼がありそうなイメージがあります。信頼が先なのか、こういう意識で関係性を築こうとしていると、結果として信頼が生まれるのか…という問いはありますが。

常に自分を3人称視点のカメラを通して見つめるようにしよう。

出典 : MESON流 リーダーシップの教科書  ※今日ちょうど後輩がシェアしてくれた良い記事

自分の動きに対してきっと相手も呼応してくれる、と思えているかどうか?相手の起こそうとしている炎の火力を強めようとしていられるか?

上記は一例に過ぎませんが、時に上空から俯瞰して関係性を作れている状態が信頼に繋がっているのだと思います。頭では分かっていても、当たり前のように実行するのが非常に難しいところですよね。(そうでもなかったら無視してください、私は難しいと考えてます…)

切磋琢磨しあえる間柄である

目指しているゴールに対してこのレベルで満足していて良いのか求め合うこと (前々項の「何をしても/言っても大丈夫だなと思えている」にも近そう)、リスペクトの心を持って学び合うこと、あいつが頑張るなら自分はもっと頑張る!! 的な良い意味での上限の引っ張り合い、背中を預けあって戦う感覚。

こちらも、信頼が先に来るのか結果論として信頼が生まれる状態なのか (ニワトリ卵) 問題を若干感じますが、最低限チームメイトへの関心や注意がないと起こり得ない現象だなというのは確かです。ここは人によって本当に異なる部分だなと思いますが、マイペースに生きてきた自分には当たり前のようにできる領域ではありませんでしたw (そして今も修行中

マイペースに頑張る人が集まって個々に仕事をこなしていても、信頼関係は一定ラインまでしか到達しない。相乗効果が生まれないと最高の状態にはならなそうだな?というのは、最近改めて認識しているところです。


グダグダ書いてきましたが、案の定キレイにまとまらない感じで終わりそうです。

ただ、こうやって頭の中を少し吐き出してみると、信頼の正体はロジックを超えた (客観的なファクトだけでは説明できない) 何かなんだろうな、という気がしてきました。”能力やスキルに対して期待している” の項で、これは信頼なのか?という内容を書きましたが、信頼とは「根拠の有無関係なく、相手を信じて頼りにする・頼りになると信じる」(そして相手も自分に対して同じ状態であれば 信頼関係が成立している) といった意味が近しいのかもしれない。仮に自分がAさんを信頼していたとして「Aさんをなんで信頼してるの?」って別の人に聞かれた時、そんなにキレイなロジック無く「よくわからんけど信じてるから」って答える気がするんですよね。

もちろんその状態に到達するために、実績の貯金を作ったり、対話や密度の高い時間共有などを通して関係性を構築したりするプロセスがあるのは間違いないと思います。ただ最後の結果としては、ただひたすら信じられるかどうか?でしかないのかなと。今まで起きたことのないシチュエーションに遭遇したら、もう信じて頼るしかないよね!! ハハ!! みたいな… 笑

信頼の意味を自分なりに整理しようとしたら、なんか文字そのままのシンプルなところに戻ってきてしまった… (解釈が合っているのか正直分からんけど、辞書に書いてある内容がちょっとだけ解像度上がった??)

※↑画像引用 : 『スラムダンク』 第28巻 より


  • どうにかして実現したい難易度の高いゴールがあること
  • それを一緒にやりたいチームが存在すること

幸運なことに、↑は揃っているアトラエという環境にいます。信頼関係構築の土壌は整っている。

さて、信頼している/されている状態がなんとなく見えてきたところで、じゃあどうやってその関係性に持っていけるのか?というプロセスが真に重要なところですよねw 良い環境にいるとは思うので、これからもっと模索してみようと思います。

ということで今回はこれくらいで。駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

ABOUTこの記事をかいた人

Yusuke Aono

2012年新卒入社のエンジニアです。ビジネスマッチングアプリ「yenta」の開発をしています